2013年07月13日
童謡『シャボン玉』である
シャボン玉飛んだ
屋根まで飛んだ
屋根まで飛んで
こわれて消えた
シャボン玉消えた
飛ばずに消えた
生まれてすぐに
こわれて消えた
風、風、吹くな
シャボン玉飛ばそ
童謡『シャボン玉』である。この歌詞には逸話がある。この詩を書いた野口雨情の長女は、生後七日でこの世を去った。再婚後に生まれた娘も二歳の時に病死した。この詩が娘への鎮魂歌として書かれたかどうかは定かではない。定かではないが、儚くも消えていくシャボン玉に、子を亡くした親の悲しみは切に感じとれる。
今年4月のことである。フィギュアスケートの安藤美姫さんは人知れず女児を出産した。父親の名は明かされていない。彼女は周囲から反対されても、産むことを決心した。すくすくと育つシャボン玉を自らの手で壊すことはできなかったのかもしれない。
母親のお腹の中で、胎児の命は着実に育まれている。だからこそ、日本古来の「数え年」では産まれてきた時点で一歳と数える。妊婦もまた、お腹の中に命を感ずることで子を守る親として懸命に生きている。そのたくましい生命力に殿方は目を向けるべきである。
横浜市磯子区で、虐待によって命を奪った山口あいりちゃんのお母さんは、どんな思いで日々暮らしていたのであろう。あいりちゃんを身篭ったときには決して鬼ではなかったはずでる。安藤美姫さんのように母親になる喜びを実感したはずである。このような悲しい事件を耳にするたびに思うのが父親の存在である。
シャボン玉飛んだ
屋根まで飛んだ
屋根まで飛んで
こわれて消えた
シャボン玉消えた
飛ばずに消えた
生まれてすぐに
こわれて消えた
風、風、吹くな
シャボン玉飛ばそ
世の中には子供が欲しくてもても授からない女性は沢山いる。授かったとしても、授からなくても、その責任の一端は男性の側にある。そのことに多くの殿方は気付いていない。やっとの思いで授かった命は夫婦共々大切に育みたいものである。父親の心掛けしだいで、多くの悲しい事件は確実になくなると思う。